松山 野田天神


(高さ×幅)
愛媛県重信町
明治20年頃 博多の人形師を使い東倉市太郎がはじめ 土地の風習と結びついて広まる
天神の形等は松山(両村家)土人形と同じであるが 野田の大きな違いは焼いてある事である
首は差し首で 華麗な彩色と雛天神の凛とした神格が在る