今戸土人形 

東京都台東区浅草今戸の土人形
 
一説には 天正年間に家門断絶した旧城主江戸氏の遺臣たちが今戸に土着し
この一帯の粘土を利用して窯業をはじめたとも言われています
江戸時代初め 慶長年間(1596〜1615)以後
江戸の町づくりに必要な 瓦 土器の生産がこの地で行われ今戸焼と言われました
人形は その傍ら生まれたものです 
その土に関しては 他の土地に比べても良質とは言い難く
高級な磁器や焼き物というわけではなく 
瓦や土器として庶民の生活の中に溶け込んでいきました
人形は 京都の伏見人形から多大な影響を受けつつ 
独特の個性を生かし 簡潔な彩色 小型物で安価で洒脱な 
江戸好みという独自の持ち味を持って発展しました
元禄時代には 一文人形を扱う専門の問屋まで現れて
土人形の制作もさらに盛んとなりました
幕末にかけては 今戸人形独特の題材を生かしたものが数多く誕生し
近郊へも販路が広がり 大衆の支持を得て隆盛を迎えましたが 
明治13年頃には 衰退して 一時この土人形は姿を消しました
その後 大正12年 関東大震災後 発掘をされた人形の型により
尾張屋金沢春吉が 今戸人形復興に尽力し 製作されました
しかし 翁も第2次大戦前に亡くなり
今戸の土人形は廃絶してしまいました
現在 戦後 今戸焼本流の土器を製作していた白井家が
人形を求める趣味家の希望に応じて 尾張屋の型を土台にして何種か復活され
当代の裕一郎氏も近隣の廃絶された制作者より型などを譲り受け 
今戸人形の伝統を守り 新たな今戸人形の創作にも意欲的に
積極的に制作されています

さらにもう一人 今戸人形の研究者で 
金沢春吉のご遺族の方より承諾を得て
今戸人形の復活を目指して頑張ってみえる吉田氏が見えます
いまどき人形の名前で製作をされていますが 
尾張屋型今戸人形と名乗ってもよいのではと思います
戦前の尾張屋金沢春吉の彩色を元に
今戸人形の復元 復興をめざされ 精力的に制作されています

今 今戸土人形は歴史と伝統を踏まえ
さらに新しい未来に向かい製作され続けています

白井製

白黒揃いの招き猫
左手上げと右手上げで
色を塗り替えて頂きました
白井製

小さな白黒招き猫ペア
 今戸焼・今戸の土人形の歴史や招き猫の発祥について、
これを抜いては語れない人形のひとつです
戦前に作られたと思われる人形を手本に製作されたもので
「うなゐの友」掲載の絵によく似ています
丸〆の印の〆が寝ているのが印象的で
現在までのところ最も古い招き猫、招き猫の元祖と言われています
目は伏見系で少し上目遣いに描かれています
丸〆の意味は 「お金を丸く〆る」「お金を独り占めにして大もうけをする」
「入ってきた幸が逃げないようにお尻閉める」という意味があるようです 
丸〆猫 吉田製 

どこにでもうちが本家本元 元祖などという本家争いの話はありますが 
丸〆猫についても 同じようなお話がある様で
現代ほど物があふれる時代では無かったにもかかわらず
嘉永5年に大流行したそうですから
売れるとなったら類似品も競って作られたようです
そして「元祖」ならぬ「本」丸〆の登場と
なったのではないかと思われます
文京区内から裏面だけ出土したもので 
形は新宿区出土の丸〆猫とほぼ同じで
おそらく新宿区の丸〆猫の型から型抜きして
本丸〆の彫りを施したものと考えられます 
本丸〆猫 吉田製 

丸〆猫は 招き猫の最も古いもので 
元祖とか起源であるとか言われています
この猫は新宿区内の近世遺跡より出土したものを参考に
型を起し製作されました
丸〆の猫が幕末には存在していた、という事実が裏付けられています
NHK番組「美の壺」でも採りあげられたそうです 
今から164年前の嘉永五年。
浅草寺三社権現(現在の三社様)鳥居脇にて
老婆によって売れ出され、
大変な流行となったという複数の記録の残る
最古の招き猫が丸〆猫(まるしめのねこ)です。
画像のものは明治35年に出版された版画集
「うなゐの友・第2篇」に描かれている図を参考に
立体としてモデリングし、彩色を行ったもので、
材料となる粘土もかつての今戸焼がそうであったように
隅田川荒川流域の天然土を採取して使用し、
素焼きしてあります。
彩色には昔ながらの胡粉、泥絵の具等を
膠をつなぎとして使用しています
丸〆猫(嘉永〜安政年間風型)吉田製 
  火入れの招き猫(フィギア) 

本物は今の処
我が家にはおりません
本物と並べてみたいものです

口入り狐

玉姫稲荷に奉納する願懸けの人形です
鉄砲狐 

お稲荷さんへの奉納用もので、
落語「骨の賽」(今戸の狐)
に登場するのはこの手のものでしょう。
作者や型もさまざまあったようです。
この狐の形が鉄砲の玉に似ているから
鉄砲狐の名がついたとか・・・?
 
装束稲荷の招き狐

王子の装束稲荷の
初午で授与されているもので
背面に装束稲荷の文字が
陽刻してあります。
とても小さなかわいい招き狐です
子守狐

母狐の耳元に櫛がちらと見えます
お母さんになっても 
おしゃれに気を使うのは
女性ならではですね
羽織狐

吉原の九郎助稲荷の狐であったとかないとか。
座り狐

ちょっとお澄ましして座られていますが
何となく 住吉の初辰の猫に
似ている感じがするのですが
いかがなものでしょうか
素朴な感じは 
地域が違っても同じかも知れませんね
 
三竦み 庄屋 猟師 狐

猟師は庄屋に頭が上がらず 
狐は猟師が怖くて 
庄屋は狐に騙されると云う 
ジャンケンのグーチョキパーの関係と同じです

 庄屋                      猟師                        狐

蛙  蛇 ナメクジ
吉田製三竦み

  ナメクジは蛙に弱く 蛙は蛇に睨まれたら身動きできず 蛇はナメクジに冷や汗をかく(笑)
河童
白井製 河童   
河童
吉田製 天神 

尾張屋春吉翁作の中型を参考に
製作されています
配色は天保年間のものと大差なく
彩色されています
 

吉田製 お福牛

伝世の牛の手本がないので
今戸のお福を牛にして「角」
を隠すという心で干支物とし
て創作されたそうです
とてもユニ−クな作品で
眺めているだけで思わず笑顔がこぼれます
吉田製 紅丑

紅は女性の病に薬効があり、
寒の丑の日に作られたもの
がよい、とされ、この日小間物
屋のおまけとして紅に添えら
れたものということです
 
  吉田製 虎(立姿) 

尾張屋春吉翁作の人形を手本として作製され
尻尾は針金を芯としたこよりでつけてます。
吉田製 虎(臥姿) 

尾張屋春吉翁作の人形を手本として作られ
尻尾は後付けになっています。
 
吉田製 招き兎
白井製 子守兎

兎の耳がデフォルメされて印象的です
温かさがにじみ出ている作品です 
子守狐をアレンジされて
創作されたものです
 
白井製 龍乗り童子

まんが日本昔話を彷彿とさせる
可愛らしさです
吉田製 有卦舟

 陰陽道に由来する祝いで、
人生には「有卦」(うけ)と「無卦」(むけ)の時期が
交互にやってくるとされ、
有卦に入ると作りものの船に
「ふ」のつくものの形を
7つ載せて飾って祝ったといいます。
「ふ」は「福」の「ふ」で、
「分銅」「福助」「ふぐ」「福寿草」「福良雀」
「文」「福禄寿」「笛」「藤」「富士山」
「ふのり」「筆」「ふんどし」など
いろいろありますが、その中から
「分銅」「ふぐ」「お福」「福寿草」「福良雀」「富士山」
そして帆柱を「筆」
の七つを載せ作られた 有卦舟です
  白井製 寶抱き蛇 
吉田製 小判咥え蛇   
立馬
 
 白井製 馬乗り童子

まんが日本昔話がお好きなのでしょうか
2014年の干支の午です
 
   吉田製 伏鶴
白井製 鳩笛大小 

昔からの彩色で 笛の音にもこだわって
製作されています
 
  
 白井製 雀 

  小さくてとても可愛いのと
 紫が好きなので
  彩色ののリクエストをして
   作っていただきました
白井製 招き狆
 


白井製

泥面子のお福と素焼のひょっとこ
廃業された方より譲り受けられた型で
作成されたものです



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